この6年を振り返る⑤~治療方針と治療について

急性骨髄性白血病は、M0~M7に分類されています。

夫の型はM2。
分化型骨髄芽球性白血病、染色体異常(8;21)転座ありでした。

染色体異常(8;21)転座ありだと、抗がん剤の感受性が高く、また、予後良好群に分類されます。

主治医は、JALSG(特定非営利活動法人成人白血病治療共同研究支援機構)に基づいて治療方針を決めてくれました。

JALSGについては、大学病院入院中に夫の先輩(薬剤師)から聞かされており、治療するならこの治療方針の病院が良いよと教えてもらっていました。

ただ、その時はもう転院先の選択肢は1つしかなかったので、そこまで調べていなかったのですが、実際転院してみたらJALSG参加施設でした。

 

そして治療方針が主治医から説明され、「化学療法のみ」で治療を行うこととなりました。

1回目の寛解導入療法は、5%の白血病細胞を残す結果となりました。
主治医としては0%であって欲しかった。寛解とはなりませんでした。
ということで、寛解導入療法で寛解にもちこめなかったので、JALSGの採点方式に基づいてもマイナス1点。

抗がん剤が効きにくいのか、白血病細胞が強すぎるのか・・・
M2って抗がん剤効きやすいんじゃないの?と、とにかく不安でしかなかったです。

寛解導入療法の治療成績が悪かった為、もう一度寛解導入を行うとともに、骨髄移植の準備も行うこととなりました。

化学療法のみのつもりでいた私たちにとって、まさかの展開となりました。

2回目の寛解導入療法と骨髄移植の準備。
夫の兄二人にHLA検査を行ってもらいました。
結果はまさかの夫だけ型が違う。兄二人は完全一致。
兄からの移植は完全不可ではないけど、一致する方からの移植の方が望ましいので骨髄バンクに登録することになりました。

寛解にならず骨髄移植の話が持ち上がっただけでも、ずどーんと落とされた気分だったのに、兄達とのHLAも合わないとは・・・
ですがこれが後に結果オーライと思える結末になるのです。

 

2回目の寛解導入療法は、主治医もびっくりするくらい抗がん剤が効いて、しっかり寛解に持ち込むことが出来ました。

するとここで人生最大の岐路に立たされることに。

抗がん剤がしっかり効いた事で、当初の予定通り化学療法のみの治療、または骨髄移植の準備もしていたし骨髄バンクにも夫と同じ型のドナーさんは比較的多くいる事がわかっていたので、再発率が低くなる骨髄移植を行う、という2つの選択肢を自分たちで選ぶ事となりました。

そして私たちが選んだのは「化学療法のみ」。

おそらく、兄とHLAが一致していれば主治医もそのまま骨髄移植を進めていたのではないかなと思います。
どちらにするかは本人と家族に委ねられはしましたが、主治医は骨髄移植を推していました。

選んだ道が正解だったかどうかは、こうやって無事に5年を迎えられたからわかる事であって、選んだ道は正解だったし、兄とHLAが一致しなかったお陰で化学療法を選ぶ一つの材料になったと今は思えます。

やっぱり骨髄移植による体へのダメージはかなり大きし、当初は化学療法のみだった事もあり、化学療法と骨髄移植のどちらでも選択できる状況で骨髄移植を選んで再発してしまった時のダメージもでかい。出来る事なら、選ばなくて済むのであれば化学療法のみで、という気持ちでした。
骨髄移植によって元気になられた方もたくさんおられるので、こればっかりは人それぞれですね。

 

2回目の寛解導入療法で良い治療成績となり、化学療法のみでの治療を選択したので、あとは当初の予定通り地固め療法を3回行いました。

夫は骨髄抑制期間への入りはスムーズですが、そこからの回復に時間を要するタイプで、毎回なかなか戻ってくれませんでした。

その為、骨髄性白血病では使用しない白血球を上げる薬・グランを何度か投与しました。

グランを使ってしまうと、白血病細胞まで増やしてしまう可能性があるので骨髄性では基本的に使用されないそうです。
白血球を増やさないと危険な状態の時などは使用するみたいですが。

なので、グランを使用した事に対してはかなり不安がありました。
実際、血液検査でBlastが一時的に出た時もあります。

 

3回目の地固め療法では、まさかの敗血症にかかってしまいました。
骨髄抑制期間だったので、白血球0の日々がしばらく続きました。
元々回復しにくかった事もあり、また、敗血症の原因菌を殺すには抗生剤+白血球が不可欠だったので、ここでも数日にわたりグラン(他の薬剤だったかも)を使用し数日かけて白血球を回復させました。意外とすぐに効かないのでヒヤヒヤしました(笑)

結局のところ、こうやって不測の時にどのような治療を行うのかは主治医の裁量次第。
夫の主治医がこの方で本当に良かったと心の底から思った時でした。

 

そんなこんなで、抗がん剤治療中には貧血で何度か倒れ頭を強打したり、嘔吐したり、それなりに色々とありましたが、敗血症まで乗り越えた夫はとても頑張ってくれました!

 

 

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